マインドフルネスについて、ボキが思っていること
2026年 02月 05日
どーもボキです。
10月から続けている「マインドフルネス(瞑想)」。いまでは朝の通勤電車での日課になっています。逆に、週末は電車に乗らないのでやっていません。

メンタルの安定や、他人を思いやれるようになる、という文脈で語られることが多いですよね。
ボキ自身も、マインドフルネスはそうしたキッカケにはなると思います。
今この瞬間に意識を向ける。自分の感情や思考に気づく。
それによって、
「いま自分、ちょっと疲れてるな」とか
「考えが偏ってきてるな」と気づけるようになる。
この点では、とても良い訓練だと思っています。
ただ一方で、マインドフルネスだけでメンタルが安定したり、他人を思いやれるようになるかというと、そうはならない、と思っています。
大事なのは「自分の思考の癖を知ること」
ボキが大事だと思っているのは、自分がどんな思考の癖を持っているか、ということです。
どんなときに感情が揺さぶられるのか
どういう考え方をすると、しんどくなりやすいのか
その兆しは、どんな形で現れるのか
こうしたことを知らないままでは、気づいても「じゃあどうする?」が分からない。
マインドフルネスは気づくところまでは助けてくれる。
でも、その先の対処は、自分で考え、学ぶ必要がある。
ボキはそう思っています。
他人を思いやる力は、練習と学びで身につく
他人を思いやれる考え方や言動についても、マインドフルネスがすべてを解決してくれるとは思っていません。
相手はどう感じるか
この言い方はきつくないか
ここで一歩引いた方がいいか
こういうことは、失敗したり、振り返ったり、他人の考え方を知ったりしながら、少しずつ身につけていくもの。
マインドフルネスは「自分の状態に気づく」キッカケにはなるけれど、
他人への配慮の具体的なやり方までは教えてくれない、というのが正直なところです。
そもそも気づくキッカケにできるかどうかも自分次第。
集まってやるマインドフルネスに違和感がある理由
個人的には、みんなで集まってマインドフルネスをやる、というのに少し違和感があります。
内省って、本来とても個人的なものだと思うんですよね。
思考の癖も
抱えている課題も
合うやり方も
人それぞれ。
だから、決められたやり方を、同じ時間、同じ形でやること。正直、負担になりました。
そしてボキは、自分の思考パターン(偏りがちな思考の癖)を変えたいと思っており、そのキッカケさえわかればあとは自分なりに実践したい。朝の通勤電車でのマインドフルネス習慣がまさにそれ。
ボキなりの結論
ボキにとってマインドフルネスは、
人生を変える魔法ではなく
自分の状態に気づくための道具
その一つ、という位置づけです。
自分の思考の癖を知り、必要なら考え方を修正し、他人との関わり方を少しずつ学んでいく。
その過程の中で、マインドフルネスを自分なりに工夫して使えばいい。
ボキは、そんなふうに思っています。

